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最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)197号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人後藤徳司の上告理由第一点ないし第三点、同森本精一の上告理由一、二、同中込一洋の上告理由一、二について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、被上告人が本件土地の登記簿の表題部の所有者欄の「南砂町一ノ九六八池谷勝藏外七名」という記載のうち「外七名」という部分の記載をしたことに違法はなく、したがって、被上告人が本件所有権保存登記申請及び更正登記申請を却下した処分にも違法はないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立ち、又は原判決を正解しないでこれを論難するか、原判決の結論に影響しない点をとらえてその違法をいうものであって、採用することができない。

上告代理人後藤徳司の上告理由第五点及び同中込一洋の上告理由三のうち無効確認訴訟に関する部分並びに同森本精一の上告理由三について

登記官が不動産登記簿の表題部に所有者を記載する行為は、所有者と記載された特定の個人に不動産登記法一〇〇条一項一号に基づき所有権保存登記申請をすることができる地位を与えるという法的効果を有するから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である。そして、上告人は、本件土地の登記簿の表題部の所有者欄に記載された池谷勝藏の一般承継人であるというのであるから、右所有者欄の「外七名」という記載の無効確認を求める上告人の訴えは適法であって、これを不適法として却下した原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。しかしながら、被上告人が右の「外七名」という記載をしたことに違法はないと解すべきであることは前記のとおりであるから、右無効確認請求は、理由がないことが明らかである。そうすると、右請求は棄却を免れないところであるが、不利益変更禁止の原則により、上告を棄却するにとどめるほかはなく、結局、原判決の右違法は、結論に影響を及ぼさないものというに帰する。

上告代理人後藤徳司の上告理由第四点、同第五点及び同中込一洋の上告理由三のうちその余の部分並びに同森本精一の上告理由四について

所論の点に関する原審の判断及び措置は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき原判決を非難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。

本件の登記簿表題部所有者欄の記載は、いわゆる登記簿と台帳の一元化に際して土地台帳から移記することによりされたものであるが、右記載行為を行政処分と解すべきことは、法廷意見のとおりである。ところで、不動産登記法によれば、登記官は、登記用紙の枚数過多により登記を新用紙に移記することがある(同法七六条)ほか、土地の分筆、合筆、建物の分割、区分等に際しても、登記を移記することがある(同法八二条、九四条等)ものとされている。磁気ディスクをもって調製された登記簿についても、同様である(同法一五一条ノ五第一項、一五一条ノ八)。また、このほか、いわゆる粗悪用紙の新用紙への移記や、新たに磁気ディスクをもって登記簿を調整するための移記も行われる。いうまでもなく、本件の移記行為が行政処分に当たることから、このような新旧の不動産登記簿相互間でされる移記行為も行政処分に当たるということにはならないのであるが、事案にかんがみ、念のため一言補足しておく次第である。

なお、表題部の所有者欄の記載行為が抗告訴訟の対象となるといっても、当然のことながら、審査基準に違反するところがない限り、記載内容が真実の所有権の帰属と異なっているとしても、そのことは、処分の取消しや無効の理由にはなり得ない。所有権の帰属と登記の記載の食い違いを正すためには、本来、実体権の帰属が争いとなる当事者間における民事訴訟によるべきものであることを、ここに付言しておきたい。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

上告代理人後藤徳司の上告理由

第一 原審(控訴審)判決に対する上告理由〈省略〉

第二 原審判決が引用する第一審判決判示理由に対する上告理由。

五、上告理由第五点

1(イ) 控訴人は、本件土地登記簿の表題部に表示登記を有する者(承継人)であるから、不動産登記法一〇〇条一号に基づき本件土地につき、所有権保存登記を為す権利を有する(仮に、共有としても共有持分権につき、保存登記を為す権利を有する)外、所有者(共有者)として本件土地を使用、収益、処分する権利を有する(法律上の利益を有する)。

(ロ) 本件土地に関する控訴人の本件表示登記に附加して「外七名」との記載があるため、控訴人は、前項の登記請求権や所有権のうち、これを処分したり、金融を得たり、建築するなどの権利の実現が事実上、不可能であり、これ等の権利を侵害されている。そして、侵害の元凶である「外七名」との部分は、前記のとおり不動産登記法七八条に違反し無効である。

(ハ) 一方、「外七名」との無効な表題部の登記は、被控訴人が不動産登記法およびその関連法規に基づいて、前記のとおり控訴人の私法上の権利に関連ある事項につき職権をもって為されたものであるから行政処分である。したがって、第一審判決請求の趣旨3の訴が抗告訴訟の対象とならないとの判示には法令の違反がある。

(ニ) 尚、特に第一審判決請求の趣旨3につき、第一審判決は「請求の趣旨3項の訴えは、登記官に対して、……無効確認を求めるもの」と判示するが、裁判所に無効確認を求めたものであって、右判示部分は無効確認の訴の解釈を誤るところである。また、無効が確認されると登記官に「外七名」部分の抹消をすべく職権の発動をうながすことができるし、職権が発動される可能性があり、この種の申立や可能性に訴の利益を認めるのが最高裁判所の判例である。

2、第一審判決請求の趣旨4ないし6の訴えを却下した点にも違法がある。けだし、右却下の理由は「外七名」とその承継人等を証明することが可能であるとの判断を前提とするところであるが、前記のとおり、原審で提出された甲第一四号証ないし一七号証を総合するならば、右判断自体が重大な経験則違反であることは明白であるからである。即ち、控訴人にはその余に救済を求める手段がない。しかる時、右判断を前提として請求の趣旨4ないし6を却下した原審判決(第一審判決)には、法令の違反がある。

上告代理人森本精一の上告理由

一、二、〈省略〉

三、原判決には、請求の趣旨2項(三)について、訴訟要件を認めなかった点で法令解釈の誤りがある。

確認の利益は、権利又は法律的地位に現存する不安や危険を除去するために、一定の権利ないし法律関係の存否を判決によって確認することが必要かつ適切である場合に認められるものであるが、登記簿上上告人の主張と異なる表示がなされているため、上告人の権利を否定し、不安を与えているという状態にあり、確認の利益を認めることも可能である。東京高判昭五二・五・三一判タ三五九・二二五は、所有者が明確な土地について所有権を主張するものが、国を相手として所有権確認請求に及んだ事件において、係争地が無主の不動産として国庫に帰属したものであると認定し、これを前提として原告の取得時効を認めている。

これに対し、原判決は、標題部の作成は公証行為であって国民の権利義務に影響を与えるものではないから行政処分ということはできないというが、上告人の主張は、ことさら行政処分とし抗告訴訟として争う趣旨ではないのでこの点の判断は不当である。仮に、原判決の理解を前提としても、表示登記の結果所有者と推定され保存登記を受けうる地位にあることからすると、公証行為であって国民の権利義務に影響を与えるものではないとの理解は表示登記の制度を形式的に捉えたもので不当であり首肯しがたい。

四、〈省略〉

上告代理人中込一洋の上告理由

一・二〈省略〉

三 原判決には訴訟要件についての判断を誤った違法がある。

1 行政庁の処分への該当性

原判決の引用する一審判決は、請求の趣旨3の訴えについて、登記簿の表題部の作成は公証行為というべきものであって、その作成自体によってはおよそ国民の権利義務に影響を与えるものではないから、その作成を抗告訴訟の対象となる行政庁の処分ということはできず、訴えは不適法である旨判示している。

しかしながら、登記簿の表題部の記載事項のうち、少なくとも「所有権ノ登記ナキ土地ニ付テハ所有者ノ氏名、住所若シ所有者ガ二名以上ナルトキハ其持分」(不動産登記法七八条五号)の記載は、後日所有権保存登記がなされる際に、登記官をして当該不動産の所有権の所在を推認せしめるための極めて強力な資料となり(登記官は、原則的に、この表題部の記載によってのみ、実体法上の所有権者を推認して行動すべきものとされている。)、この表示の登記がなされれば、そこで所有者と記載された者は、次の瞬間から、いつでも自由に、自己の所有名義での所有権保存登記を受けることができる(不動産登記法一〇〇条一項一号参照)。このような記載が登記簿の表題部の記載事項に含まれている以上、表題部の作成自体によって国民の権利義務に影響を与えるものと言わざるをえず、表題部の作成も行政処分に該当すると言うべきである。

従って、右の行政処分の一部の行為、すなわち所有者の記載について「外七名」としたことの無効確認を求める訴えも適法である。

2 抗告訴訟として作為を求めることの適法性

原判決の引用する一審判決は、請求の趣旨4ないし6の訴えについて、抗告訴訟として、登記行為等の作為を求める訴えは、他に救済の手段がない場合に初めて許されるところ、本件では不動産登記法八一条の七による所有権の更正の登記や、同法一〇〇条一項による所有権保存の登記を申請し、その申請の拒否処分に対し抗告訴訟を提起するという救済手段があるので、訴えは不適法である旨判示している。

しかし、本件では不動産登記法八一条の七による所有権の更正の登記や、同法一〇〇条一項による所有権保存の登記を申請することは、原判決のような法の解釈を前提とするかぎり不可能であることは、前記一の3で述べたとおりである。従って、他の請求に対する原判決の判断を前提とするときは、上告人には他の救済手段が無いことになるのであるから、請求の趣旨4ないし6の訴えを不適法として却下することは許されるべきでない。

四 〈省略〉

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